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新撰組八番隊組長「藤堂平助の愛刀 上総介兼重」

  • 2010/06/17(木) 15:13:39

新撰組八番隊組長
藤堂平助    (1844~1867)
剣術流派     北辰一刀流
愛刀       上総介兼重 (良業物)
家紋       藤堂蔦


「上総介兼重」

(かずさのすけかねしげ)
江戸時代の刀工で和泉守兼重の弟子、新刀上作にして良業物、
一説には和泉守兼重(いずみのかみかねしげ)が和泉守を返上し
上総介兼重と名乗る、
初代は「和泉守兼重」で二代目は「上総介兼重」で初代と二代目は同一人物と言う説がある
この上総介兼重の作の日本刀良い物だと現在価値で1000万円はすると言う。


「上総介兼重と藤堂平助」
藤堂平助は伊勢、津藩主、藤堂高猷(とうどうたかゆき)の落胤(らくいん、父親に認知されない子)と
言われている。
そこでこの「上総介兼重」はこの藤堂藩のお抱え刀工であると言われていて
藤堂平助が上総介兼重作の刀を持っていて愛刀だったと言う説は有力視されている。

「上総介兼重を愛刀にする大剣豪」
上総介兼重を持つ物でもう一人いる
それはあの二刀流で有名な大剣豪
「宮本武蔵」である


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応仁の乱のその後

  • 2010/06/16(水) 14:53:26

応仁の乱後も数年間、子競り合いが続いた
この11年間も続いた戦乱で山城国(京都)は
大打撃を受け荒廃した。

1485年、畠山(はたけやま)の一族同士の争いで山城国で戦いが原因で
そこに住む人が苦しみそれに怒った国人、(武士や村人)が集結し一揆を起こす。
畠山の両軍を退去させる事に成功する。

この一揆に成功した国人たちは、その後8年間国人たちで自治を行うようになる
この一揆を山城の国一揆と言う。



山城国一揆国人列伝山城国一揆国人列伝
(2007/11)
東 義久

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新撰組六番隊組長「井上源三郎の愛刀 奥州白河住兼常」

  • 2010/06/15(火) 15:41:04

新撰組六番隊組長
井上源三郎    (1829~1868)
剣術流派      天然理心流
愛刀        奥州白河住兼常
家紋        丸に平井筒

「奥州白河住兼常」

(おくしゅうしらかわじゅうかねつね 生年不詳)
すいません、いろいろ調べましたが 詳細不明でした。

「池田屋事件での兼常」
刀に損傷の確認無し

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応仁の乱 終焉

  • 2010/06/14(月) 16:41:03

「応仁の乱」開戦当初は、東軍、細川勝元側が優勢に立つ
御所周辺から西軍、山名宗全側をを追い出し皇室と8代将軍足利義政を確保し
義政の支持を受けて東軍は「官軍」(かんぐん)と号しさらに細川勝元を支持する
者が畿内周辺が領国だったのもあり東軍側が有利になっていた。

だが西軍、山名宗全側が細川の領地、丹波国を制し、そこに西軍8万が上洛、また大内政弘と河野通春
の軍勢と水軍が入り西軍側が勢力を整え相国寺の戦いとなるが
決着は付かなかった。

その後も応仁の乱はますます長期化していく

長引く戦で京都は焼け野原になりさらにわ、京都以外にも戦乱が拡大し戦が広範囲に伸び始め、
跡目問題から始まった応仁の乱で室町幕府の権力そのものが力を無くしていきこの権力を欲しがっていた
西軍、東軍の両軍は「大儀名分」が無くなり始める。

そんな中、長く続く応仁の乱も終焉を迎えはじめる。
文明5年(1473年)に西軍の山名宗全が死去。
同年に東軍、細川勝元も死去。
この戦を指揮していた二人が死んだ事で、結局その翌年に8代将軍足利義政が足利義尚に
将軍職を譲り、自分は隠居する。

その後、細川勝元の子と山名宗全の子らの間に和睦(わぼく)が成立し
(1477年)についに応仁の乱は終結する。

実質、この応仁の乱に何十万の人が動き11年間も続いき大きな犠牲を出したが
戦では決着が付かない結末で終わった。
この戦は8代将軍足利義政の優柔不断が原因と見る人も少なくない

第三話 「さらば竜神剣」

  • 2010/06/13(日) 19:27:40

日本刀の魅力に惚れた、なりきり侍は

どうしても手に持ちたくなり、

木刀を作る事に成功した。早速この木刀の威力を確かめる為

この木刀をズボンのベルトを通す所に差し近所の原っぱに行った。
ここにはいつもなりきり侍の遊び場で背の高い草やいろんな虫や
結構いろんな物があり、いい遊び場だった、

でここにあるダンボールでこの「竜神剣」の威力を試した。
少しダンボールから離れ助走をつけて飛び


なりきり侍「龍追旋」(この技は高く上に飛び上から下に斬り下ろす技)
(決まった決まりすぎた)と思うなりきり侍

高さ180センチ位のダンボールめがけ全力で打ち込み
半分以上は斬れた。
ますます図に乗り適当に木刀を振り回しダンボールはグチャグチャに

もう気分は完全に武士になり
腰に木刀を付けその辺を歩き周り、遊ぶ約束をしていた友達が来た
 
すると友達が来るなり、竜神剣を立てに持つように持ってと言われたので
切っ先部分と柄(つか)の所持った。

その瞬間
なりきり侍の手に竜神剣が二本になっていた

蹴り折られたのだ・・・


次回 第四話「すらすら書ける歴史のテスト」




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